立ちすくまない。
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東北地方を襲った地震、津波、悪夢の様な事態が起こってしまった。多くの方が亡くなられ、ご冥福をお祈りします。
現地で被害にあった人たちは否応もなく生き残りに必死の対応で頑張っている。援助に向かった自衛隊員や地元の人、それにボランティアも現地で頑張っている。僕が副理事長を務めるNICCOでも昨日から調査のために向かったようだ。
僕もたまたま群馬県にいて、大阪に帰ってくるのに一日以上かかった。大きな揺れは感じたものの打ち合わせをした建物には被害がなく、単に交通機関が動かなかったので現地で一泊、翌日電車、タクシー、東京の社員に出してもらった車、新幹線を乗り継いで帰って来た。
大惨事は勿論由々しき事態であるが、こういう時こそ、立ちすくむことなく自分たちが出来ることを一生懸命やらねばならない。大災害があったからと言って引きこもって何もせず立ちすくむ様なことがあってはならない。
被災地域に対して出来ることをやる。自分の専門性や仕事の上で貢献出来るなら、直接でも間接でも構わないから出来ることをやる。 自分たちが被災者になったことを思えば、多少の援助を提供するのはごく簡単なことだろう。そして企業であるなら、毎日の活動をもっと頑張って収益を上げて、税金を沢山払って復興に役立ててもらうのも本道というものだ。今期納税額が下がったら多少寄付したところで、プラスマイナス、それはそれだけ公共に貢献出来ていないことを意味する。
当社も現地で活動するNICCOに寄付をする、被災した顧客に対してお見舞い、援助をする、関係者のいる社員の便宜を図る、などの方法で多少とも力になりたいと思う。そして今年も沢山収益を上げて沢山税金を払う、援助活動に当たる組織に寄付をすることが具体的に出来ることだと思う。多少の不便は被災とは別に特に関東地方では出てくる。でもそれは単なる不便だ。立ちすくんではいけない。
神様が地震の前日に我々に密かに出した質問は、「被災者になるのが良いか、それとも被災せずに援助する側が良いか」というものだ。そして被災しなかったものは約束通りに援助する、そうしないと罰が当たる。被災したもの、被災しなかったものを分けたのが何かは分からないけれど、それはほんの紙一重の差であって、幸運であったものはその分何かをしなければならない。
今日も一生懸命頑張ります。頑張ることが被災者のためになる。