心の持ち方
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段々と事業内容が高度化、また周辺分野に拡大していくと、経営者一人がいわゆる「経営者意識」を持っていたのでは追いつかない。「何でも上に相談しておけば良いや」と社員が考えても、実は上司だってそんなに能力があり答えを持っている訳ではない。上司は権威付けのために検討している振りをするかも知れないが、担当部下が考えても分からないものが上司が分かるはずもない。 責任が上へ上へと転嫁され、社長にたどり着く頃にはなんとなく胡散霧消してしまって「誰が責任を持ってるのか分からない」状況になり、その会社はどんどん無責任体質、弱体化していく。 ではどうすれば良いかと言うと、結局は一人一人の「心の持ち方」にかかってくる。「心の持ち方」は、「何のために仕事をしているのか」、「社会にどう役に立ちたいのか」、「そのためには会社はどうあるべきか」がストンと腑に落ちている状態だとも言える。 社会の役に立つため、自分の成長のため、生活が豊かになるためという目標が一致して自分の心の中で矛盾なく前向きの力として動き始めると、公と私の区別がなくなってくる。会社での行動も業務であっても「自らの人生のため主体的に動く」ことになるはずだ。だって全ての時間は自分の人生の時間だから、会社にいても人形のように動くことはなくなるはずだ。 そうやって自らのため社会のために主体的に動く社員からなる会社組織は強い。そういう社員一人一人にとって必要なのは心の持ち方、すなわちフィロソフィーだと言える。 フィロソフィーは考え方であり、一生涯をかけて磨き進化させていくものである。出家した人がお寺で修行するように、人生をかけて修行の一環としてフィロソフィーを学び実践することが大切だ。 当社もそろそろ社内でフィロソフィーを学んでいこうかなと思っている。会社が発展するには主体的に行動出来る社員が必要、そのためにはフィロソフィーが必要と思えるから。これから夏になってアクティブな状況が続くから、少し落ち着いた秋くらいに始めようか思います。僕も学んでいる身なので一緒に勉強していきましょう。